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福島地方裁判所 昭和28年(ワ)162号 判決

原告 有限会社菊屋

被告 有限会社菊屋総本店 外五名

主文

一、被告会社、被告渡辺、佐藤、鈴木、斎藤は、「菊屋総本店」の商号を使用し、「菊屋総本店」と記載した看板、標識を掲げ、「菊屋羊羮」「菊屋最中」の名称を有する菓子類を販売し、または、これを販売する旨の看板、標識を掲げてはならない。

二、被告杉山は、「菊屋」の文字を刻んだ最中の皮を製造し、または販売してはならない。

三、被告会社は、原告会社に対し、朝日福島版、福島民報、福島民友の三新聞紙上に、別紙記載の謝罪文を、その標題及び原被告会社の各商号は四号活字、そのほかは八ポイント活字で、引続き二回掲載せよ。

四、被告会社は、福島地方法務局飯坂出張所昭和二十八年二月二十八日受付でされた同会社設立登記中、「有限会社菊屋総本店」との部分の抹消登記手続をせよ。

五、原告会社のそのほかの請求を棄却する。

六、訴訟費用は被告六名の連帯負担とする。

事実

原告会社は、「被告会社、被告渡辺、佐藤、鈴木、斎藤は、「菊屋総本店」あるいはこれに類似する商号を使用し、または、このような商号を記載した看板、標識等を掲げ、「菊屋羊羹」「菊屋最中」という名称、あるいはこれに類似する名称を有する菓子類を販売し、または、このような菓子類を販売する旨の看板、標識等を掲げてはならない。被告杉山は、「菊屋」あるいはこれに類似する文字を刻んだ最中の皮を製造し、または販売してはならない。被告会社は、原告会社に対し、朝日、毎日、読売、福島民報、福島民友の五新聞紙上に、別紙記載の謝罪文を、その標題及び原被告会社名は三号ゴジツク活字、本文は十二ポイント活字で、引続き二回掲載せよ。被告会社は、福島地方法務局飯坂出張所昭和二十八年二月二十八日受付でされた同会社設立登記中「有限会社菊屋総本店」という部分の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求原因として、「原告会社は、昭和二十三年九月二十日、和洋菓子の製造、販売、代用食の委託加工、原料並びに材料の売買等を目的として、「有限会社菊屋」の商号で設立登記され、被告会社は、昭和二十八年二月二十八日、菓子の製造、卸小売を目的として、「有限会社菊屋総本店」の商号で設立登記されたのであるが、原告会社の通称は「菊屋」であり、これがその主要部分であるのに、被告会社はこれをその商号のうちに取入れた結果、原被告会社の両商号が類似し、一般取引上、世人が商号全体の印象において両商号を混同誤認するおそれのあることは極めて明白であり、現実に、原告会社は被告会社と種々混同誤認されている。しかも、被告会社は、世人をして、その営業の同一性につき原告会社との混同誤認を生じさせる目的で、すなわち、不正競争の目的で、その商号を使用しているのであつて、このことは次の(1) 乃至(8) の事実によつて明白である。すなわち、

(1)  被告会社は、原告会社の所在地である福島市内に、その商品の販路を求め、同市内に七ケ所の特約店を設け、原告会社と同一の営業のために、原告会社と類似の前記商号を使用しているから、商法第二十条第二項により、不正競争の目的を有するものと推定さるべきである。(同条項の「他人の登記したる商号」には、「登記した商号に類似した商号」を含むと解すべきである)。

(2)  被告会社の社員は、いずれも原告会社がその商号で昭和二十三年九月二十日設立されたことを、その当時から熟知している。それは、被告会社の社員は、訴外赤間善吉、菊田善治、中村善吾、菊田善平、斎藤甚吉の五名であるが、うち、その取締役である赤間善吉、菊田善治、中村善吾の三名は、設立当初から原告会社の社員で、かつ、中村善吾は原告会社の設立当時の監査役であり、菊田善平は原告会社の社員、斎藤甚吉は原告会社代表取締役菊田善助及び右菊田善平の親族であることから明らかである。

(3)  被告会社の社員は、いずれも、被告会社が原告会社と同一の営業を目的とすること、原告会社が、創立以来五年にして、福島県の菓子製造販売業におけるいわゆるしにせとして一流の名声を有すること、原告会社の発売する「菊屋羊羹」「菊屋最中」が、福島市及びその近郊において著名であり、広く認識された菓子で、従つて、福島名物としてその販路は遠く福島県外にまで延び、旅行者、観光客が土産品として愛好購入する菓子であること、右「菊屋羊羹」が、福島県及び同県観光連盟から、県内特産みやげ品推せん第一号として、また、「菊屋最中」が同第二号として、いずれも昭和二十六年七月二十日推せんされ、それぞれ推せん証を交付され、その推せん及び推せん証の交付が引続き今日まで至つていること、また、右「菊屋羊羹」「菊屋最中」が、昭和二十六年三月から同二十八年三月までの間に、東京都、大阪市、福島市、白河市の百貨店、物産館等で開催された福島県観光物産展、東北振興物産展、福島市土産品展示即売会、土産品コンクール、そのほかに、前後十回にわたつて出品され、いずれも非常な好評を博し、あるいは、出品菓子中第一位の売れ行きを示し、また、品質の優劣の決定をするコンクールの場合には、常に優良品として格付けされたこと、原告会社の商号も、右「菊屋羊羹」「菊屋最中」の名声と共に、広く認識された商号であること、原告会社の発売する菓子類のうち、「菊屋羊羹」「菊屋最中」のみの売上金額でも、福島市内の菓子店における第一流であること、をいずれも熟知している。

(4)  被告会社は、昭和二十八年一月、福島市において原告会社と同一の商号で会社を設立しようとし、福島地方法務局に対し、有限会社設立登記の申請をしたが、同法務局から、商法第十九条の規定によつて登記が不能であると諭告されたことがある。

(5)  被告会社は、原告会社の発売する「菊屋羊羹」「菊屋最中」と、その名称、形状、外観、色彩、包装、添付紙、包装箱、包木箱、刻印、及び商標その他につき、全然同一のものを使用して、羊羹最中を販売している。

(6)  被告会社は、その設立以来、福島県下に配布される新聞紙上に、極めてひんぱんに、かつ、華々しく広告をし、また、しばしば街頭放送宣伝をしたほか、「通称菊屋によつて表彰される原告会社と、菊屋伝五郎(原告会社代表取締役菊田善助の実父で、昭和二十七年十月十三日死亡)とは同一であり、被告会社は、菊田伝五郎、従つて菊屋を承継したものである」旨の広告や、「永らく御愛顧を戴いた菊屋の羊羹と菊屋の最中を、皆様の御便宜をはかるため、左の場所(被告会社の福島市内における直売所を指す)において販売する」旨の広告をし、あたかも、原告会社の販売してきた「菊屋羊羹」「菊屋最中」が、被告会社においても販売されるような広告をしたばかりか、その広告は絶えず強力に行われ、しかも、その広告の表現、態様は、原告会社のそれと全然同一の白抜きを使用し、また、広告文の文字の態様、図案の態様もみな原告会社のそれと同一である。

(7)  被告会社は、その商品の販路を福島市に求め、同市内に七ケ所の特約販売店を有し、県庁、鉄道、料理店等で、その発売する「菊屋羊羹」「菊屋最中」の売込みを策したため、従前一ケ月数万円に達した原告会社のこれらに対する売上げが殆んど停止した状態になつた。

(8)  原告会社は、昭和二十八年六月二日被告会社を債務者として福島地方裁判所に対し、商号使用禁止の仮処分命令を申請し、同日右命令が発せられたのであるが、被告会社がこれに服さないので、さらに同月二十五日被告会社及びそれ以外の被告等を債務者として同裁判所に対し、商号使用禁止の仮処分命令を申請し、同月二十七日右命令が発せられたので、同月二十九日これを執行したところ、被告会社は、右は不法仮処分であると新聞紙上に広告し、またそれ以外の被告等は、いずれも、その店頭に、「このような仮処分は不法であり、近くこれが解除される」と記載した大きな看板を、連日掲げたのであるが、右掲示は被告会社の指図によつてされたものである。

このような次第で、原告会社の商号は広く認識された商号でありその発売する「菊屋羊羹」「菊屋最中」は広く認識された商品であり、被告会社の前記行為は、広く認識された他人の商号、商標、商品の容器、包装その他、他人の商品であることを示す表示と同一もしくは類似のものを使用し、またこれを使用した商品を販売する行為である。

次に、被告渡辺、佐藤、鈴木、斎藤は、いずれも昭和二十八年二月下旬から、その店頭に、「菊屋総本店直売所」と記載された看板を掲げているが、その看板の大きさは、被告渡辺のは縦二尺、横三間、被告佐藤のは縦一間、横四間のもの、及び高さ六尺、巾一尺の三角看板、被告鈴木、斎藤のは各高さ六尺、巾一尺の三角看板で、さらに、いずれも、その店頭に、「菊屋羊羹」「菊屋最中」と記載された高さ七尺、巾一尺五寸ののぼりを掲げ、かつ、前記(5) 記載の羊羹、最中を販売しているのであつて、これらの行為は、広く認識された他人の商号、商標、商品の容器、包装、その他他人の商品であることを示す表示と同一もしくは類似のものを使用し、またこれを使用した商品を販売する行為である。

また、被告杉山は、被告会社の設立と同時に、「菊屋」と記載された刻印を有する最中の皮を製造し、これを被告会社に発売しているのであつて、これは、広く認識された他人の商号と同一のものを使用する行為である。

このように、被告会社及びその他の被告等は、いずれも原告会社の信用を利用し、原告会社と不正に競争する意図を有するものであつて、原告会社は、その継続的納入先を侵害される危険にさらされ、商品売上げの減少を来たし、原告会社と被告会社とが別個の会社であることを世間に周知させるよう宣伝をする必要にせまられ、かつ、被告会社が粗悪品を販売し、それが原告会社のものと誤認される結果、原告会社はその信用を失うにいたる危険にさらされている。

そこで、原告会社は、被告会社、被告渡辺、佐藤、鈴木、斎藤に対し、「菊屋総本店」、あるいはこれに類似する商号を使用することの禁止、このような商号を記載した看板、標識等を掲げることの禁止、「菊屋羊羹」「菊屋最中」の名称、あるいはこれに類似する名称を有する菓子類を販売することの禁止、このような菓子類を販売する旨の看板、標識等を掲げることの禁止を求め、被告杉山に対し、「菊屋」あるいはこれに類似する文字を刻んだ最中の皮を製造販売することの禁止を求め、さらに、被告会社の前記行為の態様からみて、被告会社に対し、請求の趣旨記載のような謝罪広告をすることを求め、かつ、その商号登記の抹消登記手続をすることを求める。」と述べ、

被告会社の主張に対し、「菊田伝五郎が「菊屋」の商号で菓子店を開業し、その発売する「菊屋羊羹」「菊屋最中」の価値を高め、世間の信用を得るようになつたこと、伝五郎が昭和二十七年十月十三日死亡し、その相続人が被告会社主張の六名であること、は認めるが、そのほかの事実は全部否認する。伝五郎は、昭和元年、同二年の二回にその店舗、敷地を原告会社代表者菊田善助に贈与し、ついで昭和六年、その営業を「菊屋」の商号と共に同人に譲渡したもので、右商号は、伝五郎の遺産ではない。」と述べた。〈立証省略〉

被告等は、いずれも、「原告会社の請求を棄却する。」との判決を求め、「原告会社の主張事実中、原被告会社の設立年月日、その目的、商号がそのとおりであること、原被告会社が、いずれも「菊屋羊羹」「菊屋最中」の名称の羊羹、最中を発売していること、は認めるが、そのほかの事実は全部否認する。」と述べ、

なお、被告会社は、「原告会社の商号、その発売する「菊屋羊羹」「菊屋最中」と被告会社のそれとが、それぞれ類似しているかどうかは、「菊屋」という部分の文字及び型を中心として判断すべきであるから、あるいは、両者は類似していると判断されるかも知れないが、そもそも「菊屋」という商号は、同じ菓子製造販売を業とする者で東京都銀座に店舗を構えている「菊屋」の登録した商号であつて、しかも同業者で「菊屋」の商号を称する者は約一万二千あり福島市内においてすらこの商号で菓子の小売販売をしているものも数軒ある状況であるから、被告会社がその商号で菓子の製造販売をしたからといつて、原告会社と不正に競争する目的でその商号を使用したことにはならない。殊に、被告会社は、原告会社と異なることを明らかにするため「有限会社菊屋」の下に「総本店」という文字をわざわざ加えてその商号とし、原告会社との混同をさけているのであり、一方、原告会社は、「菊屋老舗」または「菊屋本店」なる名称を使用している。あるいは、「総本店」という文字は原告会社をも含むように見られるというかも知れないが、被告会社は、そのように宣伝したこともなく、また、原告会社が具体的にそのような被害を被つたという事実もない。もつとも、被告会社がその営業を始めた昭和二十八年二、三月当時においては、両者を多少混同する心配もあつたが、今日においては、両者が全然別個のものであるということは公知の事実であり、どちらの「菊屋」が衰え、または盛えるかは、良い菓子をいかにして販売するかによつて決せらるべき段階に入つている。従つて、被告会社が「菊屋」の商号を使用しているからといつて、不正競争の目的を有することにはならない。のみならず、そもそも原告会社の商号中その主要部分である「菊屋」は、菊田伝五郎の創設したものである。同人は、明治三十五年頃、福島市中町二十八番地に店舗をかまえ、「菊屋」の商号で菓子製造販売業をはじめ、優れた製造技術と努力によつて、その発売する「菊屋羊羹」「菊屋最中」の名声を博し、世間の信用を得るに至つたもので、「菊屋」の商号はその登記の有無にかゝわらず、伝五郎の製造する商品の信用を表示する無形の財産権である。伝五郎は、その生存中、「菊屋」の商号を原告会社に使用させていたが、それは個人営業では税金の関係から不利益を被るのをおそれ、原告会社を組織させたものにすぎず、「菊屋」の商号はいぜんとして伝五郎の財産権であるところ、同人は昭和二十七年十月十三日死亡した結果、その妻菊田ヤホ、長男菊田善平、次男菊田善助、三男中村善吾、四男菊田善治、五男赤間善吉の六名がこれを相続した。そうして、右商号を含む伝五郎の遺産の分割が行われていない現段階にあつては、右相続人六名の共有財産として、その管理については民法第二百四十九条乃至第二百五十二条の適用を受け、これら相続人間の協議の結果、「菊屋」の商号を、原告会社はもち論のこと、菊田善平、中村善吾、菊田善治、赤間善吉において使用してもよいと定めたのである。従つて、同人等が被告会社を組織し、「菊屋」の商号を使用することは、その権利の行使であつて、原告会社の商号権を侵害するものではない。のみならず、前記相続人のうち、中村善吾、菊田善治、赤間善吉は、亡父伝五郎の厳しいしつけを受け、菓子製造職人、徒弟等と起居を共にして菓子製造に従事し、亡父の教えを受けてその技術を体得したもので、この事実は、亡父が同人等にその伝統を受けついで生活させようとしたものと解せられる。他方、菊田善助は、家業に精進せず諸方に見習いに出てもすぐ戻つてくる始末に、やむを得ず亡父と同居して、その販売方面の手伝をしていたのにすぎなかつたが、長男菊田善平が日本共産党に加入したり、当時危険者扱いをされていたので、順序として、二男である菊田善助にその家業を譲る意思を伝五郎がもつていたことは推定できるが、菊田善助が、伝五郎の努力によつて得た時価七百万円以上の資産を独占し、また同人が子孫のためを考慮したとみられる原告会社の多額の利益を独占し、しかも、中村善吾、菊田善治、赤間善吉等が被告会社を設立し、伝五郎から教えられた技術と、伝五郎の伝統を唯一の資産とし、「菊屋」伝五郎の一味であることをその信用の基礎として、菓子製造を始めると、これを禁止しようとするのは、人道上許さるべき行為ではなく、その権利を濫用するものであるから、本訴請求は失当である。」と述べた。〈立証省略〉

理由

原告会社が、昭和二十三年九月二十日、和洋菓子の製造、販売等を目的として、「有限会社菊屋」の商号で設立登記されたこと、被告会社が、昭和二十八年二月二十八日、菓子の製造、卸小売を目的として、「有限会社菊屋総本店」の商号で設立登記されたこと、原被告両会社がともに「菊屋羊羹」「菊屋最中」という名称の羊羹、最中を発売していること、は当事者間に争いがない。

そこで先ず、右両商号の類似性について考えるに、商号が類似しているかどうかは、一般の世人をしてその商号の主体を混同誤認させるおそれがあるかどうかの観点から判断すべきであるから、「有限会社菊屋」「有限会社菊屋総本店」についてこれをみれば、「有限会社菊屋」という文字は両商号に共通で、「総本店」という三文字があるかないかの違いがあるにすぎない。そうして、右両商号の主要部分が「菊屋」という文字であることは明らかであり、かつ、取引上会社を称呼する場合、通常その商号の主要部分のみを略称することは顕著な事実であるのみならず。「総本店」という文字は、それ自体その商号の主体を個別化するものでなく、むしろ、逆に両商号の対比において、「有限会社菊屋総本店」が「有限会社菊屋」を含むものとの印象を与えるはたらきをするから、その全体から受ける印象が極めて類似し、一般取引上世人をして、両商号の主体を混同誤認させるおそれがあることは、一見して明らかである。そうして、証人塚野智恵子、菊田伝吉の各証言、原告会社代表者本人の尋問結果によれば、被告会社宛の郵便物が間違つて原告会社に配達されたこと、被告会社の発売する菓子類を買求めた一般の顧客が、その菓子類についての苦情を原告会社に持ち込んだこと、一般の顧客が被告会社に対し菓子類の注文をし、その配達の督促を原告会社に申入れたこと、そのほか、原告会社と被告会社とを混同誤認した例が二、三にとゞまらないことが認められるのであつて、このような事例は、前記の判断を裏付けるに充分というべく、両商号は類似のものであるといわなければならない。

そこで、被告会社が、原告会社の営業と混同誤認させる目的を有するかどうか。

(1)  原告会社は、商法第二十条第二項の「他人の登記したる商号」には、「他人の登記した商号に類似した商号」を含むと解すべきであるとの前提の下に、被告会社が、原告会社と同じく福島市内で同一営業のために、類似商号を使用しているから、同条項により不正競争の目的を有するものと推定さるべきである旨主張する。同条項の「他人の登記したる商号」という用語は、同法第十九条のそれと同じであるから、同一商号及び類似商号を含むと解せられないこともないが、第二十条第一項には、特に「同一又は類似の商号」という用語を用い、同条第二項とその用語を区別しているから、文理解釈上両者を同視することはできないし、また、同条項は、本来商号の選定、使用の自由に対する制限につき、不利益推定を規定するものであつて、みだりに拡張して解釈すべきでなく、同一商号の場合に限りこれを適用すべく、類似商号の場合を除外する趣旨と解するのが相当である(東京控訴院大正十二年二月二十三日判決参照)から、原告会社のこの点に関する主張はその前提において失当である。

(2)  成立に争いのない甲第十二号証の一、二、第十三号証、証人中村善吾の証言によれば、被告会社は、赤間善吉、菊田善治、中村善吾等が中心となつてこれを設立し、その商号を選定したものであるが、当時、同人等はいずれも原告会社の社員であり、殊に中村善吾はその監査役であつたことが認められるから、同人等は、いずれも原告会社の設立、商号を熟知していたものと推認される。

(3) 甲第十二号証の一、二、原告会社代表者本人の尋問結果により真正に成立したものと認められる甲第六号証の一乃至三、成立に争いのない甲第十八号証の一、二、証人松浦惣助、小関捨治、菊田伝吉、佐藤仲吉、中村善吾の各証言、原告会社代表者本人の尋問結果を綜合すれば、被告会社が原告会社と同一の菓子類製造販売業を営んでいること、被告会社が設立される以前において、原告会社が、福島市内及びその近郊の菓子製造販売業者におけるいわゆるしにせであつたこと、原告会社の発売する「菊屋羊羹」「菊屋最中」が、昭和二十六年七月二十日福島県及び同県観光連盟から、それぞれ、福島県内特産みやげ品推せん第一号、同第二号として推せんされ、推せん証の交付を受け、その推せん及び推せん証の交付が引続き現在にまで至つていること、右「菊屋羊羹」「菊屋最中」が、昭和二十六年三月福島市中合デパートにおいて開催された福島市食糧品展示即売会、同年五月同市中町福島県物産館において開催された土産品コンクール、同年十月白河市において開催された福島県農業共進会、同年十一月及び昭和二十七年九月東京都三越デパート本店において各開催された福島県観光物産展、同年一月大阪市大丸デパートにおいて開催された東北振興物産展、同年五月前記福島県物産館において開催された福島県土産品コンクール、同年七月前記中合デパートにおいて開催された福島市国体土産品展示会、昭和二十八年二月前記中合デパートにおいて開催された優良食糧品展示即売会、にいずれも出品されたこと、原告会社の「菊屋羊羹」「菊屋最中」の売上げが、福島市内の菓子店中第一流に属すること、がいずれも認められ、また、原告会社の通称「菊屋」が、「菊屋羊羹」「菊屋最中」の名称と共に、福島市内及びその近郊において、被告会社の設立以前、広く認識されていることは顕著な事実である。そうして前記(2) の事実と綜合すれば、被告会社の社員である赤間善吉、中村善吾、菊田善治等が、右事実を熟知していたものと推認される。

(4)  証人菊田伝吉の証言によれば、被告会社の右社員等が、昭和二十八年一月頃、福島地方法務局に対し、原告会社と同一の商号で会社を設立すべく、有限会社設立登記を申請したが、同法務局からその不能であることを諭告されたことが、認められる。

(5)  成立に争いのない甲第九号証の一乃至四、同号証の五の一乃至三、同号証の六の一、二、同号証の七の一乃至三、同号証の八、証人菊田伝吉の証言、原告会社代表者本人の尋問結果によれば、被告会社の発売する「菊屋羊羹」と原告会社のそれとは、その形状、外観、包装は全く同一で、その添付紙も、大きさ、それに記載された字体が全く同一で、たゞ前者に「菊屋総本店」「福島市置賜町電話三八五二番」の文字があるに対し、後者に「菊屋老舗」「福島市中町電話四九七五番」の文字があるにすぎず、両者が極めて類似していること、被告会社の発売する「菊屋最中」と原告会社のそれとは、その形状、外観、刻印が全く同一で、その区別は殆ど不可能であること、かつ、被告会社の使用する包装袋、包装紙と原告会社のそれとは、いずれも極めて類似し、一見誤認混同のおそれがあること、しかも、原告会社は、被告会社の設立以前から引続き、これらを使用していること、が認められる。

(6)  成立に争いのない甲第一号証の一乃至六、第二号証の一乃至二十、二十二、第三号証の一乃至五、第二十二、二十四号証によれば、被告会社は、その設立の前後から昭和二十八年六月頃までの間に被告会社が福島市内において「菊屋」を承継して「菊屋羊羹」「菊屋最中」を発売する旨のチラシを配付し、またその旨の広告を福島市内に配付される福島夕刊新聞、街タイムス、福島産業新聞、福島民友新聞、福島民報新聞、日出新聞、朝日新聞に掲載したこと、かつ、右の新聞広告は、原告会社のしたそれと同じく白抜きのものを使用し、類似していること、が認められる。

(7)  甲第一号証の一乃至五、第二号証の一乃至二十、二十二、第十二号証の二、第二十二号証、第二十四号証、成立に争いのない甲第十一号証の二、三、第十七号証の一乃至七、第十九号証の一、証人菊田伝吉、中村善吾の各証言、原告会社代表者本人の尋問結果を綜合すれば、被告会社は、その本店を福島県信夫郡飯坂町におくが、その商品の主たる販路を、原告会社と同じく福島市内に求め、同市置賜町二十二番地に営業所を有することが認められる。

以上の(2) 乃至(7) に認定した各事実を綜合すれば、被告会社は、原告会社の商号と類似の商号を不正競争の目的で使用し、また広く認識された原告会社の商号、商標、包装などを使用して原告会社の発売する「菊屋羊羹」「菊屋最中」と類似の商品を販売するものということができる。

次に、甲第一号証の一乃至五、第二号証の一乃至二十、二十二、第九号証の一乃至四、同号証の五の一乃至三、同号証の六の一、二同号証の七の一乃至三、同号証の八、第十一号証の二、三、第十七号証の三乃至七、第十九号証の二、第二十二号証、第二十四号証、成立に争いのない甲第十号証の一乃至三、五、第十一号証の四、五、第十九号証の三乃至五、七、証人中村善吾、菊田伝吉の各証言、原告会社代表者本人の尋問結果を綜合すれば、被告渡辺、佐藤、鈴木、斎藤は、被告会社の直売店として、いずれも昭和二十八年二月下旬頃から、各自の肩書住所地において、「菊屋総本店直売所」と記載された看板を掲げ、また、その店頭に、いずれも、「菊屋羊羹」「菊屋最中」と記載された高さ約七尺、巾約一尺五寸の幟を掲げ、前記(5) に認定した被告会社の「菊屋羊羹」「菊屋最中」を販売していることが認められるのであつて、右被告四名は、広く認識された原告会社の商号、商標、包装などを使用して、原告会社の発売する「菊屋羊羹」「菊屋最中」と類似の商品を販売するものということができる。

また、甲第九号証の一乃至三、成立に争いのない甲第十号証の四第十九号証の六、原告会社代表者本人の尋問結果によれば、被告杉山は、昭和二十八年二月下旬頃から、原告会社の発売する「菊屋最中」の皮と同じく「菊屋」と記載された刻印を有する最中の皮を製造し、これを被告会社に販売していることが認められるのであつて同被告は、広く認識された原告会社の商号を使用するものということができる。

被告会社は、「菊屋」の商号で菓子製造販売を営む者は全国に約一万二千あり、福島市内においてすらこの商号で菓子販売を営む者は数軒あるから、被告会社が右商号を使用したからといつて不正競争の目的があるとはいえない、と主張するが、かりに、「菊屋」の商号を用いる者がそのように多数存在するとしても、前に認定したような、被告会社のその商号の使用態度、広告の方法などからみてこの主張が当らないことが明らかである。また、被告会社は、原告会社と区別するため特にその商号中に「総本店」の三文字を加えたと主張するが、右三文字を加えたからといつて、原告会社とその営業の同一性につき個別化するはたらきを有しないことは、既に説明したとおりであり、被告会社に不正競争の目的がなかつたということにはならない。殊に、被告会社は、現在、原被告会社が別個の営業であることは公知の事実であると主張するが、右が別個の営業であると一般世人が周知しているということは、証明を要しないほど明らかな事実ではなく、根拠のない主張にすぎない。

次に、被告会社は、「菊屋」という商号権は菊田伝五郎の遺産の一部であつて、被告会社の設立者たる赤間善吉、中村善吾、菊田善治、菊田善平が相続したもので、被告会社もこれが使用権を有すると主張するので判断するに、菊田伝五郎が、明治三十五年頃から福島市中町に店舗をかまえ、「菊屋」の商号で菓子製造販売業をはじめ、「菊屋羊羹」「菊屋最中」を発売し、漸次、福島市内及びその近郊において名声を博するに至つたことは、当事者間に争いがなく、従つて、右「菊屋」の商号は、その登記の有無にかゝわらず、一つの財産権として伝五郎に属していたことはいうまでもない。そうして、伝五郎には、その長男菊田善平(被告会社監査役)、二男菊田善助(原告会社代表取締役)、三男中村善吾、四男菊田善治(いずれも被告会社取締役)、五男赤間善吉(被告会社代表取締役)の五子があることは当事者間に争いがなく、甲第十三号証、成立に争いのない甲第十四号証の一乃至四、原告会社代表者本人の尋問結果により真正に成立したものと認められる甲第十五号証、証人松浦惣助、小関捨治、中村善吾の各証言、原告会社代表者本人の尋問の結果を綜合すれば、長男菊田善平を除く他の四子は、伝五郎と共に右家業に従事していたが、伝五郎は、大正十五年及び昭和二年の二回に、従前の営業店舗の隣地に、宅地を買入れ、同地に店舗、居宅を新築し、これに移居し、その際、右宅地、店舗、居宅をいずれも二男菊田善助に贈与し、同人の所有名義に登記手続をし、ついで、伝五郎は、昭和六年「菊屋」の営業を同人に譲渡し、菊田善助が伝五郎と共に「菊屋」の商号で右営業を続けていたこと、その後、昭和十八年頃右営業は、その原料の統制その他の事情から中止されたが、昭和二十三年、伝五郎前記五子、及び菊田善助の長男菊田伝吉の七名で原告会社が設立され、菊田善助がその代表取締役となつたこと(原告会社の設立の点は当事者間に争いがない。)が認められ、昭和二十七年十月十三日伝五郎が死亡し、その相続人は前記五子及び伝五郎の妻の六名であることは当事者間に争いがない。そうすると当初の「菊屋」の商号権は、少くとも、原告会社の設立に際し、同会社に帰属したもので、特段の事情の認められない以上、伝五郎あるいは菊田善助において、これが使用権を留保していたものとは解せられないから、伝五郎の死亡によつて、その相続人が、これが使用権を相続したとは考えられない。のみならず、伝五郎の前記相続人六名間で、「菊屋」の商号を使用することを、菊田善平、中村善吾、菊田善治、赤間善吉に許した、との被告会社の主張にそう証人中村善吾の証言は、原告会社代表者本人の尋問結果にてらし信用できないし、ほかに、被告会社の社員たる右四名に、右商号使用権があると認めるにたる証拠はなく、被告会社のこの点の主張はその前提において失当である。

次に、被告会社は、原告会社代表取締役菊田善助が、亡伝五郎の有した莫大な資産、及び、原告会社の多額の利益を配当せずに独占し、赤間善吉等が「菊屋」伝五郎の伝統を信用の基礎として被告会社を設立するや本訴請求に出たのは、権利の濫用であると主張するが、菊田善助が資産、利益を独占したとの主張にそう証拠はない。のみならず、「菊屋」の商号権が原告会社に帰属し、しかも、被告会社の社員たる赤間善吉等がいずれも原告会社の社員である以上、かりに、菊田善助がそのように独占したとしても、赤間善吉等において、原告会社の内部の問題として、法律上の救済を求めれば足るのであつて、原告会社の被告会社に対する本訴請求を権利の濫用ということはできないことが明らかであるから、この点に関する被告会社の主張は失当である。

そうして、証人菊田伝吉の証言、原告会社代表者本人の尋問の結果によれば、被告会社及びその他の被告等の前記の行為の結果、原告会社において、その「菊屋羊羹」「菊屋最中」の売上げの減少をきたし、また、被告会社等の広告宣伝により、被告会社を原告会社と誤認して、被告会社から菓子類を買求める一般顧客のために、原告会社としては、原被告会社が別個であることを世間に周知させるべく宣伝をする必要にせまられていること、が認められ、右事実と前に認定した、被告会社の発売する菓子類についての苦情が間違つて原告会社に持ち込まれた事実等を綜合すれば、原告会社は、その営業上の信用を害されるおそれがある、ということができる。

従つて、被告会社及び被告渡辺、佐藤、鈴木、斎藤に対し、「菊屋総本店」という商号を使用することの禁止、右商号を記載した看板、標識を掲げることの禁止、「菊屋羊羹」「菊屋最中」の名称を有する菓子類を販売することの禁止、右菓子類を販売する旨記載した看板、標識を掲げることの禁止を求める原告会社の請求は正当であるが、「菊屋総本店」に類似する商号の使用禁止、「菊屋羊羹」「菊屋最中」に類似する名称を有する菓子類の販売禁止等を求める部分は、その請求が特定しないから失当である。また、被告杉山に対し、「菊屋」の文字を刻んだ最中の皮を製造、販売することの禁止を求める原告会社の請求は正当であるが、「菊屋」の文字に類似する文字を刻んだ最中の皮を製造販売することの禁止を求める部分は、前同様その特定を欠くから失当である。また、被告会社に対し謝罪広告を求める原告会社の請求については、被告会社の前記認定の行為、及び、甲第十九号証の一、第二十四号証、成立に争いのない甲第二十号証の一、二、証人中村善吾の証言、原告会社代表者本人の尋問結果によつて認められる、被告会社がその商号の使用を禁止する仮処分決定を全く無視している事実を綜合すれば、原告会社の営業上の信用回復のため、別紙記載のとおりの謝罪広告文の新聞紙上への掲載を許すのを相当と認めるが、被告会社の新聞広告利用程度、謝罪広告文掲載の趣旨、効果から考え、朝日(福島版)、福島民報、福島民友各新聞紙上に、標題及び原被告会社の各商号部分は四号活字、その他は八ポイント活字を使用してするのが相当であるから、右限度において、原告会社の請求は正当であるが、そのほかは失当である。最後に、被告会社に対し、その商号登記の抹消登記手続を求める原告会社の請求は正当である。

そこで、原告会社の本訴請求中、右正当の部分はすべてこれを認容し、そのほかは棄却すべく、なお、原告会社は担保を条件とする仮執行の宣言を求めるが、本訴請求はいずれも仮執行の宣言を附するのに適しないからこれを却下し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第九十三条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤規矩三 杉本正雄 松田延雄)

別紙

謝罪広告

当社は、昭和二十八年三月以来、福島市において、貴社と類似する有限会社菊屋総本店なる商号を使用し、菊屋羊羹、菊屋最中を販売し、貴社の商号を侵害したことはまことに申訳ありません

ついては、今後は右商号を廃止し、また決して菊屋羊羹、菊屋最中なる名称を有する羊羹及び最中を販売致しません

右本書をもつて謝罪致します

昭和 年 月 日

有限会社菊屋総本店

代表取締役 赤間善吉

福島市中町二十九番地

有限会社菊屋

社長 菊田善助殿

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